大判例

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東京地方裁判所 昭和27年(合わ)8号 判決

本籍並に住居

栃木県足利市通二丁目二千六百五十九番地

会社々長 田中平吉

明治二十四年五月二十日生

本籍並に住居

東京都新宿区大京町十一番地

会社員 高橋正吉

大正七年五月二日生

本籍並に住居

同都練馬区向山町六番地

会社員 藤原英三

大正二年四月十六日生

右被告人田中平吉に対する公文書変造同行使詐欺、被告人高橋正吉に対する公文書変造同行使詐欺及び詐欺、被告人藤原英三に対する公文書偽造同行使詐欺幇助各被告事件につき当裁判所は検察官天野健夫出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告人高橋正吉を懲役一年に処する。

但しこの裁判確定の日から二年間右の刑の執行を猶予する。

押収してある二十三年度支出計算書附属証拠書一冊(昭和二十八年証第三〇五号の一)の内二重煙突代金請求書に編綴された昭和二十三年十二月七日附武藤儀四郎作成名義の納税証明書中変造部分はこれを没収する。

訴訟費用中証人羽鳥元章(昭和二十八年七月九日出頭の分)、同川田三郎(同年九月三日出頭の分)、同椎名茂、同和泉好雄、同山田久一郎に支給した分は被告人高橋正吉の負担とする。

被告人田中平吉、同藤原英三はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人高橋正吉は昭和二十三年四月十六日栃木県足利市通二丁目二千六百五十九番地に本店を有し、煙突、暖房装置の製造販売土木建築の施行請負等を目的として設立された足利工業株式会社の専務取締役に就任し、東京都中央区銀座六丁目四番地尾張町ビル七階所在の同会社東京支店に常駐していたものであるが、

第一、同年十二月上旬頃同会社東京支店社員羽鳥元章に命じ、かねて同会社が特別調達庁から註文を受け製造に当つていた二重煙突(円筒状の二重亜鉛鉄板の中間に石綿をつめた耐熱耐火用煙突)二十五万呎中最終回五万呎分の代金請求書の作成に取りかかつたところ、従前はその必要がなかつた右煙突に対する物品税の納税証明書を添付することに手続が改められたため、それまで物品税を納入していなかつたこととて困惑し、同会社東京支店社員高橋政雄と共謀のうえ同会社の納入した所得税に対する納税証明書を使用して物品税を納付済であるように変造しようと企て、同月七日同社員椎名茂に命じ足利市所在同会社本店のタイプライターにより足利税務署長宛同会社社長田中平吉名義で直接国税及び附加税を納入し、本年度納入申告済であることを証明願いたい旨を記載し、且つ昭和二十二年度所得税、同附加税の記載と名宛人税務署長名の記載との間に故らに空白の部分を設けた納税証明願書五通を印書して足利税務署に差出させ、同署係員をして右各願書の末尾にこれを証明する旨の記載及び同税務署長武藤儀四郎の記名押印をさせて同日附の納税証明書五通を作成させ、翌日頃高橋政雄が、右本店においてタイピストに命じ同一タイプライターを使用して右納税証明書の一通の昭和二十二年度附加税を記載した次の行に擅に昭和二十二年度物品税金千参百拾参万七千五百円也と記載させたうえ、更にその翌日頃東京支店においてタイピストに命じ、次の行に昭和二十三年度物品税金千百五拾五万円也と記入させ、よつて物品税につき昭和二十二年度分を納入し、昭和二十三年度分の納入申告済である旨虚偽の事実をも右武藤儀四郎において証明する如く作り変え、以て行使の目的で公務員である同人の記名押印ある納税証明書一通を変造し、同月十六日頃前記羽鳥元章と共謀のうえ同人をして同都千代田区日本橋江戸橋一丁目十二番地所在特別調達庁において、変造した右納税証明書を恰かも真正に成立したもののように装い前記代金請求書に添付し特別調達庁係員に提出させてこれを行使し、

第二、同年同月二十八日前記二重煙突五万呎の代金として特別調達庁から額面金四千百七万六千八百五十円の政府支払小切手の交付を受け、これを第一銀行足利支店の足利工業株式会社の口座に払込んだが、同会社では資材不足のため右煙突の一部を納入しただけでその全量の製造を完了しないでいるうち、昭和二十四年一月下旬頃米国進駐軍当局からの契約解除の指示により特別調達庁から生産の停止を命ぜられ、次いで、同年二月中旬頃右煙突未完成分に相当する金二千二百六十四万三千六百二十八円七十二銭の返納を命ぜられるに至つた。ところが、同会社は前記支払を受けた代金を第一銀行足利支店に対する負債の弁済に当てる等して現金による返還が困難であつたため、被告人高橋正吉は同会社社長田中平吉と共に返納計画を樹て、その方法の一として被告人高橋正吉において、その所有の東武鉄道株式会社株式三万五千株を、又右田中平吉において、その所有の同株式一万五千株余を夫々足利工業株式会社に無償で提供し、同会社からその売却代金を特別調達庁に納入することとしたが、同年三月八日右田中平吉、高橋政雄は特別調達庁経理局次長川田三郎に対し右株式の価格が六十円以上になつた際にこれを売却し、その代金を返納金の弁済に充てるよう依頼し白紙委任状を附して右株式合計五万三十株を交付したので右川田三郎もこれを諒承し、右委託の趣旨に基き株価の値上りを待つため、一時株式会社大阪銀行日本橋支店に保護預けしてこれを保管していたところ、被告人高橋は生活費等に窮した結果右川田三郎を欺罔して自己の提供した右株式を取り戻し、これを他に売却しようと企て、同年五月六日前記特別調達庁において右川田三郎に対し売却代金を直ちに納入する意思がないのに「株価が上り一株六十三円で買手も見つかつた、ついては自分の提供した三万五千株は自分で売り代金をすぐ納めるからこれを交付して貰いたい」旨虚偽の事実を申向け同人をその旨誤信させ、よつて即時同人から前記東武鉄道株式会社株式三万五千株を交付させてこれを騙取し

たものである。

≪証拠の標目≫ 省略

を夫々綜合してこれを認めるに十分である。

(法令の適用)

法律に照すと被告人高橋正吉の判示所為中公文書変造の点は刑法第百五十五条第二項、第一項、第六十条に、同行使の点は同法第百五十八条第一項、第百五十五条第二項、第一項、第六十条に、詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に夫々該当するところ公文書変造と同行使とは互に手段結果の関係にあるから同法第五十四条第一項後段第十条に則り重い変造公文書行使罪の刑に従い、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条に従い、重い変造公文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一年に処することとするが犯情について考察すると判示第一の公文書変造同行使の犯行は本来判示二重煙突最終回五万呎分の代金騙取の手段としてなされたとして起訴されたものであるところ、右詐欺の事実は後記のような事実関係からその証明十分ではなく、且つ当該特別調達庁係員に対する外には他に転々行使される危険性もなく、又判示第二の詐欺の犯行は判示のように右二重煙突の一部代金の返納計画についての履行に関し惹起されたものであるところ、判示のように被告人高橋正吉の私財提供を含む返納計画が樹てられた事情は社長である被告人田中平吉が独断で特別調達庁から支払を受けた金員を会社の債務の弁済、その他自己の用途に当てる等してその返還が不可能となつたためであるに拘らず、右田中平吉が、右返納計画の履行に誠意ある態度を示さなかつたためこれに憤慨すると共に旁々生活費に窮した等の事情もあつて遂に前記詐欺の犯行をなすに至つたものであり、その後本件株式についてはその実質上の被害者である特別調達庁との間に和解が成立している等諸般の情状を斟酌し、同被告人に対しては刑の執行を猶予するのを相当と認めるので同法第二十五条第一項に従いこの裁判確定の日から二年間右の刑の執行を猶予し、押収してある二十三年度支出計算書附属証拠一冊(昭和二十八年証第三〇五号の一)の内二重煙突代金請求書に編綴された昭和二十三年十二月七日附武藤儀四郎作成名儀の納税証明書中の変造部分は本件変造公文書行使罪を組成したものであり、何人の所有をも許さないものであるから同法第十九条第一項第一号、第二項に依りこれを没収し、訴訟費用中証人羽鳥元章(昭和二十八年七月九日出頭の分、同川田三郎(同年九月三日出頭の分)、同椎名茂、同和泉好雄、同山田久一郎に支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用しこれを同被告人に負担させることとする。

(本件公訴事実中無罪の部分についての判断)

本件公訴事実中被告人高橋正吉に対する判示罪となるべき事実を除くその余の部分及び被告人田中平吉、同藤原英三に対する部分の要旨は

第一  被告人田中平吉、同高橋正吉は昭和二十三年十二月頃前示足利工業株式会社の負債が嵩みその支払に苦慮した結果、両名共謀のうえ判示二重煙突最終回五万呎分の製作が未だ完了していないのに拘らずこれを完成納入済であるように装い特別調達庁より金員を騙取しようと企て同月中旬頃特別調達庁に対し右煙突五万呎の納入代金請求書を提出するに当り判示のとおり足利税務署長武藤儀四郎名義の納税証明書を変造し、右証明書を同年九月三十日同庁促進局生産促進部検査員山口総男が二重煙突五万呎の納品検査をした旨、虚偽の記載をした同日附同人作成名義の物品納入検査調書と共に一括して右請求書に添付して同庁係官に提出し、以て変造した公文書を行使し(但し被告人高橋正吉につき右公文書変造同行使の点は判示したとおりである)同係官をして右二重煙突五万呎が既に納入され且物品税も納入申告済であるかのように誤信させ、因つて同年十二月二十八日同区京橋二丁目一番地大阪銀行日本橋支店内同庁出納課において右係官より日本銀行宛の四千百七万六千八百五十円の政府支払小切手一通の交付を受けてこれを騙取し

第二  被告人藤原英三は太平商工株式会社の特調部長代理として特別調達庁に対する同会社の納入代行業務を担当し、同会社の常務取締役で特別調達庁促進局生産促進部検査員を嘱託されていた山口総男より同人名義の物品納入検査調書の作成業務を委任されていたものであるが、同年十二月中旬頃第一記載のとおり被告人田中平吉同高橋正吉が共謀のうえ特別調達庁に対し二重煙突最終回分五万呎を完納していないのに完納したように装つて代金請求をするに当り同月十六日頃同都千代田区丸の内所在の太平商工株式会社において足利工業株式会社社員羽鳥元章から右代金請求書に添付する書面として右二重煙突五万呎についての物品納入検査調書の作成方を依頼されるやこれを承諾し、即時同所において行使の目的で擅に前記山口総男が昭和二十三年十二月一日足利工業株式会社において二重煙突五万呎を検査したところ右は註文書に適合するものと認定する旨の同日附公務員たる山口総男作成名儀の物品納入検査調書を作成し、更に同月二十八日同所において足利工業株式会社東京支店社員高橋政雄の依頼により右検査調書の検査日、作成日をいずれも同年九月三十日に、又件名LD三五をLD五七追加に夫々訂正して同人に交付し、同人をしてこれを前記代金請求書と共に特別調達庁係員に提出せしめ以て公文書を偽造行使し、同日被告人田中平吉、同高橋正吉が右特別調達庁係員を欺罔して二重煙突五万呎の代金名義の下に金四千百七万六千八百五十円を騙取するに至らしめて右被告人両名の詐欺の犯行を容易ならしめてこれを幇助し

たものであると謂うのである。

よつて審按すると判示のとおり被告人高橋が昭和二十八年十二月二十八日足利工業株式会社の二重煙突最終回五万呎分の代金として特別調達庁出納課係官から日本銀行宛額面四千百七万六千八百五十円の政府支払小切手による支払を受けたが、当時右二重煙突五万呎はその一部が納入されただけで相当多量の未納分があつたことが明かであり、被告人田中平吉の検察官に対する昭和二十六年六月十五日附供述調書(以下検事調書と略記する)被告人高橋正吉の同年七月七日附検事調書、和泉好雄の検事調書、押収してある支払証明願(前記証号の五)を綜合すれば、右代金請求については、足利市所在の右会社本社において第一銀行足利支店から借受けた二千八百万円余の返済を迫られ被告人田中から被告人高橋に対し屡々督促した結果同被告人が東京支店社員に命じてこれをなすに至つた事情を認めることができ、なお前掲支出計算書附属証拠書二重煙突関係綴部分(同号の一)によれば、右代金請求書に判示の如くして変造した納税証明書及び昭和二十三年九月三十日特別調達庁促進局生産促進部検査員山口総男が二重煙突五万呎の納品検査をした旨の記載のある同日付同人作成名義の物品納入検査調書が添付されて特別調達庁係官に提出されていることも明らかであるから、以上の事実を綜合すれば、被告人田中、同高橋の所為は外形上は両名共謀のうえ右二重煙突五万呎が既に納入され、且物品税も納入申告済であるように装い特別調達庁係官を欺罔し、前記小切手一通を騙取したかの如く見受けられるのである。

しかしながら右代金請求並にその支払の経過につき審究すると、被告人高橋正吉の昭和二十六年六月二十九日附、七月四日附、同月五日附、同月九日附各検事調書、被告人藤原英三の供述書、羽鳥元章の同年七月二十五日附、八月一日附、高橋政雄の同年五月二十三日附、大曽根朝重の同年七月十二日附、同月十三日附、同月十七日附、吉樹喬、佐野治夫、横田広吉の各検事調書、証人横田広吉、同石井英夫、同滝野好暁、同木崎実、同吉田利作、同真木定夫の各公判調書中の供述、証人横田広吉、同大曽根朝重の当公廷の供述押収してある前記支出計算書附属証拠書(同号の一)二重煙突関係書類(一)(同号の二)同書類(二)(同号の一三)を綜合すれば、判示二重煙突二十五万呎の製造納入契約は昭和二十一年九月米国進駐軍の調達要求書LD三五に基き商工省特別資材部の生産指示により戦災復興院特別建設局と足利板金工業組合名義の被告人田中平吉との間に締結され、官制の変更と足利工業株式会社の設立に伴い夫々特別調達庁及び同会社間の契約として引継がれたものであるが、納入期限は二回延期されて昭和二十三年九月三十日となりその間四回に亘り二十万呎分の代金請求を受けたのであるが、右納期前である同年七月九日前記LD三五がLD八〇によつて取消されたに拘らず、右契約自体の処理につき商工省特別資材部と特別調達庁促進局との間の折衝に手間取り、納期後も納入の督促を受けなかつたため、同会社は残量五万呎分につき物価騰貴を理由に価格の増額を求め、その前提として同庁技術局に価格改訂審査の申請をしたもののその手続が延引していたところ、同年十二月三日頃商工省特別資材部より契約続行の指示があつたので翌四日頃同庁技術局においても増額した新価格を査定し、同庁契約局に通知した(同号の一三、二重煙突関係書類(二)九丁)、そこで同局需品管工事資材契約課員大曽根朝重は前記羽鳥元章に告げて納期前である同年九月二十五日附で増額申請書(同書類(二)四丁)を提出させ、同庁促進局生産促進部管工事資材課より同会社が同年四月九日までに二重煙突二十万呎を納入済でその後も生産続行中である旨の報告(右同書類(二)六丁)を得たうえ十二月八日従前どおりLD三五を基礎としたまま増額承認の原議書(右同書類(二)二丁)を起案し決裁に廻した。契約局、促進局の各局部課長副総裁、総裁はこれに同意したが、経理局局長各課長は経理第二課長横田広吉を中心にこれに反対し米国進駐軍当局より取消命令を受けていない他のLD番号を基礎とした契約に変更する必要があると主張して譲らなかつたうえ副総裁が出張不在となつたため解決は延期されることとなつた。しかし右大曽根朝重は当初起案したとおり決裁になると考え各羽鳥元章に対し増額は承認されたと伝え、同年十二月五日附の増額申請書(同号の二、二重煙突関係書類(一)六十一丁)を提出させて書類を整えたので被告人高橋は判示のとおり羽鳥元章に命じ本件二重煙突五万呎分につき右増額された価額に基く代金請求書類の作成に取りかからせ、納税証明書を変造し、一方同庁促進局生産促進部管工事資材課員石井英夫に対し物品納入検査調査の作成方を依頼したが、同人から代行業者である太平商工株式会社に属する同部嘱託検査員に作成して貰うよう奨められたので、羽鳥元章をして被告人藤原から右検査員山口総男名義同年十二月一日附の検査調書の交付を受けさせ(被告人藤原につき右検査書の偽造同行使罪が成立しないことは後に詳述する)、これらを代金請求書に添付して同庁経理局経理第二課に提出させたのである。しかし前記のとおりLD番号の関係で増額承認手続が延引していたため経理第二課においてはその審査に入らなかつたところ契約局需品部管工事資材課長佐野治夫はLD番号の変更につき同月二十五日頃副総裁から関係局と相談するよう指示され、又契約局次長石破二朗からも同庁調整局に意見の調整を依頼するよう命ぜられ、これに従つたが、依然未解決でいるうち同月二十八日午後に至り調整局長は経理局の意見に従うべき旨の決定をし、これに従い間もなく技術局から契約局に対しLD五七追加を根拠とする発註依頼書(同書類(二)一丁)が出されたので、右大曽根朝重はこれに基き変更註文書(同書類(一)七十丁)を作成し増額承認を決定して午後三時半過経理局に送付したが、同註文書に納期の記入をしなかつたため、前記代金支払の審査に取りかかつた経理第二課員真木定夫は納期は前記同年九月三十日であるとして同会社社員高橋政雄に対し右物品納入検査調書中の検査日及び作成日附が十二月一日とあるのを九月三十日に、又LD番号を同五七追加と訂正するよう命じたので同人は前記促進局管工事資材課員石井英夫に相談し、同人に紹介されて被告人藤原のもとに赴き前記日附、LD番号の訂正を受けて再び真木定夫に提出し、同人は課長横田広吉の決裁を受けて支払証明書(同証号の一支出計算書附属証拠書の内二重煙突関係に編綴)を作成して同局出納課に送付し、同課員吉田利作は支出伺(右証拠書二重煙突関係に編綴)を起案したうえ自ら同課長、及び支出官の決裁を代決して前示政府支払小切手の支払をなすに至つたものであることを認めることができる。ところが、右代金支払に関与した係官である証人真木定夫、同横田広吉、同吉田利作等はいずれも当時物品納入検査調書の記載を真実と誤信したため右支払をなした旨を供述するから右証言の真否を検討するため、右の支払の経緯を更に審究すると前記の諸手続の経過からも窺われ、又証人加藤八郎の証言によつても明らかなように、当時特別調達庁の機構は横割り式と謂われ、各局部課は各自の事務につき独自に業者と接触し互に他局部課の事務に干渉せず、その結果を綜合して一つの手続を完結させる方式を採り、従つて他局部課の取扱つた事務の結果については実質的な審査をしないで自己の事務の基礎としていたものであるから通常は各局部課の審査書類の作成につき夫々相当の時間を要するに拘らず、本件については前示のように十二月二十八日午後に至りLD番号の変更につき各局の意見が調整されるや技術局、契約局、経理局各担当係官による書類作成、審査手続を夫々終り同日夕刻には増額承認及びこれを基礎とする代金支払をも完了しているのであつて、それが如何に例外的な措置であつたかは前記発註依頼書(二重煙突関係書類(二)一丁)の発信日附十二日二十八日が同月十六日と訂正され、変更註文書(同関係書類(一)七十丁)の発行日附、納入時期等の空欄に夫々十二月十六日、十二月三十一日とボールペンで書き込まれ、又増額承諾の原議書(同関係書類(二)二丁)の決裁日附も空欄に十二月十六日とボールペンで書き込まれ、しかも同会社の提出した増額申請書に付した決裁書類(同関係書類(一)六十丁)は十二月五日附にされ、更に代金請求書受理書原本(支出計算書附属証拠書に編綴)は十二月二十八日附で発行されながら同書控(右附属証拠書に編綴)は十二月二十日と訂正され、支払証明書(右附属証拠書に編綴)の日附も十二月二十八日から同月二十日と訂正されている等特別調達庁係官が関係書類を後日適当に修正した事跡に徴しても明らかであり、その間に異常な事情の介在を疑わしめるところ被告人高橋正吉の昭和二十六年七月九日附、同二十三日附、横田広吉、佐野治夫の各検事調書、証人横田広吉、同滝野好暁、同石破二朗、同大橋武夫、同加藤八郎の各証言、二重煙突関係書類(一)(同号の二)を綜合すれば昭和二十三年十一月末頃同会社顧問大橋武夫は被告人高橋と共に特別調達庁に赴き同庁庶務部、契約局、経理局係官等に対し二重煙突代金の支払促進方を依頼し(但し右大橋武夫はその当時本件五万呎の二重煙突は未完納であることを知らなかつた)、その際LD三五の取消は同庁内部の問題に過ぎず、業者に対する支払拒絶ないし遅延の理由にならない旨を強調したこと、同人は従前内務省に勤務し戦災復興院特別建設局長、同院次長の職にあつたこともあり同庁庶務部長滝野好暁、前記石破二朗、横田広吉、吉田利作等はいずれもその旧部下であつたこと、その後同会社の提出した増額申請書(二重煙突関係書類(一)六十一丁)には「大橋氏依頼の分」下と朱書した符箋が貼られていたこと等の事実を夫々認めることができ、更に被告人高橋正吉の昭和二十六年七月九日附、高橋政雄の同年五月二十三日附、羽鳥元章の同年八月一日附、大曽根朝重の同年七月十三日附、真木定夫、横田広吉、斎藤賢治の各検事調書、証人石井英夫、同吉田利作、同石田強治の各証言、前記二重煙突関係書類(二)を綜合すれば、促進局生産促進部管工事資材課員である石井英夫は同会社が昭和二十三年末までに二重煙突の製造を完成することが不可能であることを知つていたに拘らず、被告人高橋に対し代行業社に物品納入検査調書を作成して貰うよう示唆し、同月二十八日高橋から同調書作成日附を遡つた日に訂正方を依頼された際も何等これをとがめることなく、被告人藤原にその訂正方を斡旋し、又契約局管工事資材契約課員である大曽根朝重は右石井から年内完成が危ぶまれる事情を聞き知つていたのに同月二十八日横田広吉と共に技術局長のもとに折衝に赴いた時も又変更注文書を作成する際も何等その事情を告げることなく経理局に対し右変更註文書を送付し、更に経理局経理第二課員である真木定夫は高橋政雄に右検査調書の日附等の訂正を命じ、同人が一時間足らずで訂正して持ち帰つたのをそのまま受理し、なお自ら同庁の用紙を用いて同会社代金請求書類の不備を補充し、又同課長横田広吉は自己の所管事務に属さない技術局の契約局宛発註依頼書の発行を技術局長のもとに督促に赴きその際全く関係のない前記滝野好暁をも同道し、なお被告人高橋から十一月頃未だ一部部品が完備していない旨を聞いていたに拘らず九月三十日附の物品納入検査調書を看過し、同局出納課員吉田利作も右横田広吉から急いで支払うよう頼まれ、前示のように課長及び支出官である同局長の代決までして右の小切手を支出した事実を認めることができる。のみならず、被告人高橋正吉の昭和二十六年六月二十九日附、同月三十日附、七月三日附、同月四日附、丸甚七、森山秀樹の各検事調書、被告人藤原英三の供述書、証人木崎実、同石井英夫、同森山秀樹の各証言、前示二重煙突関係書類(一)、太平商工株式会社の出荷台帳(同号の一九)を綜合すれば、二重煙突代金請求に関し昭和二十二年三月二十日附、同年七月二十九日附、同年十二月一日附、昭和二十三年四月九日附各五万呎合計二十万呎の二重煙突が夫々納入済である旨の物品納入検査調書が作成されているが、右はいずれも被告人高橋の懇請により各係官が同会社の資材購入資金不足等の窮情を察し右各二重煙突の製造が未完成であることを知りながら、自ら又は嘱託検査員に命じ代金を前渡するについての書類を整える目的で作成し、その都度代金の支払をなしたものであることを認めうるから、以上各認定の事実に、証人丸甚七、同木崎実、同三浦義男、同石破二朗の、当時特別調達庁においてはひとり本件二重煙突の場合ばかりでなく、係官が米国進駐軍当局から厳重な督促を受ける一方、業者の金融難が甚しく製品の納入が遅れがちであつたため、書類を形式的に整えることによつて製品完成前でも代金を前渡金的に支払う例が多かつた旨の各証言特に証人三浦義男の、昭和二十四年初頃中村副総裁の命を受け本件支払関係の調査をしたところでは、本件についても係官が代金を前渡金的に支払つたと認められるふしがあつた旨の証言を併せ考えるならば、本件二重煙突最終回五万呎分の代金支払に当つても同庁契約局、経理局担当官が前示大橋武夫の十一月末頃の陳情により、右煙突の価格を増額のうえ、これに基く代金を年内に支払うため十二月初より格段の努力をなし、内心は年内完成に疑問を抱きながらも促進局生産促進部管工事資材課員の黙認した被告人藤原作成にかかる本件物品納入検査調書のあることを口実にして形式的に審査を終え、十二月二十八日急遽支払を完了したものであるとの疑が極めて濃厚であり、前示証人横田広吉、同真木定夫、同吉田利作等係官の証言はたやすく採用し難いのである。又仮に本件代金支払の直接の担当係官である経理局係官がいずれも本件物品納入検査調書の記載内容を真実のものと信じたとしても前示のように物品納入検査調書の事務は元来促進局の担当するところであり、経理局はその実質的内容を審査せず書類として整備したものであれば直ちに自己の代金支払事務手続の基礎としていたばかりでなく、業者の物品納入について監督権を有する促進局係官のもとで、当時前記のような業者に対する便宜的考慮から物品完納前においても前渡金的扱いの下に代金を支払う取扱いが行われ、しかも敢えてそれが不法視されておらず、本件の場合も亦その例に洩れなかつたものであるから、かかる事情の下では特別調達庁自体として本件物品納入検査調書の記載が真実に符合しないものであることを知りながら、代金の支払をなしたものであると解するのが相当である。若し、然らずとせんか、本件物品納入検査調書を容認した促進局係官等は本件被告人等と共犯の関係に立つ筋合であるが、前記のような代金支払方法が当時不法視されず、むしろ暗黙に公認されていた事情からすればかかる認定は決して正鵠を得たものであると謂うことはできない。

そして前叙のような特別調達庁係官の態度に照し考察すれば、被告人高橋正吉の昭和二十六年六月二十六日附、七月九日附各検事調書中「本件二重煙突最終回五万呎分の代金請求の際、促進局吉樹課長、木崎、石井課員、契約局大曽根課員、経理局経理第二課員上村佐等が交々LD三五が取消され、LD五七追加に切換えられても、それが何時又取消されるか判らないし、そうなれば補償手続となつて解決に長期間を要するから年内に金を取つた方がよい。そうすれば軍当局が取消すと言つても代金支払済として何とかなるというような話をしてくれ、経理第二課長横田広吉も同様のことを言つていたと記憶する。出納課春日事務官も年末になれば予算の関係で支払がおくれるから早くした方がよいと言つていた」旨及び「最終回分の検査調書の作成方を促進局木崎、石井両技官に頼みに行つたところ最終回分は具合が悪いから代行業者に切らせようと言つたので、その時分は若し特別調達庁自らが検査調書を作成し、米軍当局から現品の納入がないと言われた場合は困るが、代行業者に作成させて置けば右の場合にも軍当局に対し品物は納入になつているのは間違いないが、貨車繰りの関係で搬入が遅れていると口実を設けられるからだと判断した」旨の供述は一般に虚偽として排斥しがたく、少くとも同被告人は本件代金請求当時特別調達庁係官が二重煙突の製作の完成していないことを知りながら同会社の資金繰りを援助する好意から、右代金を前渡金的に支払つて呉れると考えていたと認むべき、蓋然性が強いから同被告人が同庁係員をして本件二重煙突五万呎が完納されたと誤信させ代金を騙取する意図があつたと認定することはできない。そして前示代金支払の経過から明らかなように判示変造された納税証明書は本件代金の支払において重要な要素をなしておらず、単に支払のための手段として資料を整える意味において添付されたに過ぎず、むしろ本件支払の決定的要素は前記物品納入検査調書であつたのであるから、判示のとおり被告人高橋正吉等が右納税証明書を同庁係官に提出行使したとしても、その行使と代金支払との間に因果関係を認めることはできない。従つて本件公訴事実中被告人高橋正吉の右詐欺の点は結局犯罪の証明が十分でないと謂うべきであるが、右は判示納税証明書の変造同行使と索連犯の関係にあるとして起訴されたものであるから主文において無罪の言渡をしない。

被告人田中平吉についても、本件代金支払についての事情は前示したところ同一であり、又右代金請求に関しては、同被告人が前示のとおり被告人高橋を督促した事実はこれを認めうるけれども被告人高橋正吉の昭和二十六年七月七日附、被告人田中平吉の同年七月二十三日附各検事調書、証人羽鳥元章の証言を綜合すれば、被告人田中は当時従前どおり被告人高橋において代金請求に必要な一切の書類を整えて呉れると考えていたに止り、具体的に如何なる書類を用意したかは知らなかつたことが明らかであるばかりか、前示のとおり同会社は従来数回に亘り二重煙突代金をいずれもその製作が完了しないのに前渡金的に支払を受けていたのであり、被告人田中平吉の同年六月十五日附、七月十三日附各検事調書によれば、同被告人もこの間の事情を知つていたと認められるから、右七月十三日附検事調書において供述するように同被告人が本件代金請求に対しても従前同様に前渡金的に支払を受けうるものと考えていたと認むべき蓋然性が少くなく、従つて本件代金請求の場合に限り、特に同庁係官を欺罔し右代金を騙取する意図があつたと認定しえないことは被告人高橋につき前段説明したところと同様である。更に納税証明書の変造の点につき考察すると証人羽鳥元章の証言(第二回)によれば、同人が本件代金請求書の作成に取りかかつた頃物品税に関する納税証明書が必要となつたのに、物品税が納入されていない様子だつたので反応を見るため単に納税証明書はどうするかと同被告人に尋ねたところ、自分が税務署から取つて来ると答えたことは認められるのであるが、同被告人の昭和二十六年六月二十四日附、七月十四日附、丸甚七の各検事調書、証人大石幸二郎の証言によれば、同被告人は本件二重煙突につき物品税の納入義務のあることを知らなかつたことが認められ、従つて右羽鳥元章との問答に際し同被告人が果して物品税の納税証明書であることを認識したかどうか明らかでないばかりか、判示第一掲記の各証拠を綜合すれば、同被告人が右変造の実行に関与しなかつたことが明らかであり、しかも被告人高橋正吉、前記高橋政雄と右変造につき謀議したと認めるに足る証拠もないから被告人田中平吉に対する公文書変造、同行使詐欺の公訴事実も亦証明不十分と謂わなければならない。

次に被告人藤原英三に対する公訴事実につき審究すると前示のとおり被告人藤原英三が羽鳥元章の依頼を受け昭和二十三年十二月十六日本件二重煙突最終回五呎分につき同年十二月一日足利工業株式会社において検査したところ右は註文書に適合するものと認定する旨を記載した同日附の物品納入検査調書を作成して同人に交付し、次いで同年十二月二十八日高橋政雄に依頼され右各日附を同日九月三十日に、又LD番号三五を五七追加に夫々訂正して同人に交付したこと、右両日時に右二重煙突五万呎はその一部が完成されていただけで相当多量のものについて未だ製造が完了していなかつたことは明らかである。そして証人山口総男、同徳永康男の各証言、山口総男の検事調書、被告人藤原英三の供述書、特別調達庁と太平商工株式会社との間の役務契約書写(同号の二六)を綜合すれば被告人藤原は当時太平商工株式会社特別調達部長代理として同会社が特別調達庁との間に締結した輸送代行契約に基き同庁が業者から納入を受けた製品の輸送を行う業務を統括し、傍ら同会社業務取締役山口総男が同庁促進局から、物品検査員を嘱託されていたため同人を補助し同人名義で物品納入検査調書を作成する事務をも担当していたことを認めることができ、又右各証拠並に証人西沢輝彦、同森山秀樹、の各証言、森山秀樹の検事調書を綜合すれば嘱託検査員がその所属会社の組織を利用しその部下を補助に使用して検査業務を行い検査調書を作成することについて特別調達庁との間に諒解があつたことも推認できるから、本件についても被告人藤原は正当な権限の下に公務員たる山口総男の記名押印ある本件物品納入検査調書を作成したと解するのが相当である。而して同被告人が同年十二月十六日、同月一日附の本件物品納入検査調書を作成した際右二重煙突五万呎の製造が完了していないことを認識していたか否かについて検討すると被告人藤原英三の昭和二十六年八月三日附、十一月六日附、羽鳥元章の同年八月一日附各検事調書、証人徳永康男の証言、被告人藤原英三の供述書を綜合すれば、昭和二十三年十二月十六日被告人藤原は会社自室において前示のように羽鳥元章から本件検査調書の作成を依頼された際、同人は本件五万呎分については既に製造を完了し年内には発送も終る予定であり、特別調達庁に対する代金請求書提出期限は過ぎているが特に便宜を計つて貰うよう係官に話してある旨を伝えたことが認めることができ、証人羽鳥元章の証言中右認定に反し本件五万呎分の製造は到底年内に完成しないと言つた旨の供述部分は同人が右検査調書作成を特に依頼に赴いた趣旨に照して寧ろ不合理であり同人の前示検事調書の記載とも矛盾するから採用できない。そして、被告人藤原英三の右各検事調書、証人山口総男、同徳永康男の各証言、被告人藤原英三の供述書、太平商工株式会社二重煙突輸送台帳(同証号の一九)特別調達庁より役務指示書(同号の二三)前示役務契約書写(同号の二六)二重煙突出荷明細表(同年証第一四六四号の一)を綜合すれば、当時業者の特別調達庁に対する製品の納入は、業者工場庭先渡と定められたものについては業者工場で検査員が検査してその効力を生じ、検査員はこれに対し物品納入検査調書を発行し、その後輸送代行業者により各地に出荷される仕組に定められ、本件二重煙突についても亦同様であつたこと、しかるに昭和二十三年四月上旬太平商工株式会社が特別調達庁より口頭で本件二重煙突の輸送代行を指示された際(但し当該役務指示書は同年五月二十日頃送付された)二十万呎につき既に物品納入検査調書が発行されていて、内九万八千四百呎余についてはまだ製造が完了していなかつたのでその分から輸送を開始したこと、その後出荷は順調であり本件最終回五万呎分の一部についても同年十一月九日検査を受けることなく発送を開始し、引続き出荷を続けていたこと、被告人藤原の部下である徳永康男は同年十一月足利工業株式会社工場に赴き生産が順調に進行して完成の近いことを確信し、被告人藤原にその旨報告していたことを夫々認めることができるから右徳永に伴われて来た右羽鳥元章の前記の言葉を信用し、本件二重煙突の製造が完了したと信じたとする被告人藤原の供述はたやすく否定し去ることはできない。もつとも被告人藤原は右検査調書作成に当り同年十二月一日足利工業株式会社に赴いたことはなく、又部下を派遣したこともないのに同日右会社において検査した旨真実に反する記載をなしたことは明らかであるけれども、被告人高橋正吉、丸甚七、森山秀樹、山口総男の前掲各検事調書、証人徳永康男、同山口総男の各証言、被告人藤原英三の供述書を綜合すれば当時物品納入調書は製品納入の都度工場における検査を行つたうえ作成されることはなく、出荷生産の状況、業者の信用等を検討し、或いは業者から製品の規格数量等に相違ない旨の誓約書を取る等の便宜の方法により製品の完成を確認し、代金請求の際一括して作成されるのが通常であり、特別調達庁係官も前示のように単にその数量のみに重点を置いて審査し検査の場所の表示は例文と化していたものであり、又時には前示の本件二重煙突第一回ないし第四回の物品納入検査調書の作成の際のように製品が未完成であるに拘らず、同庁係官又はその指示を受けた嘱託検査員により納入検査を実施したものとして物品納入検査調書が作成される例も少くなかつたことを窺いうるから、被告人藤原は本件物品納入検査調書の作成に当り前示確認の方法によつてこれを作成しそのため前記の検査日、検査場所の表示をなすに至つたもので特に虚偽の記載をなす意図のもとにその記載をしたものとは認め難い。そして叙上認定の経過、特に証人山口総男の、自分も亦被告人藤原と同様の物品検査調書を作成したであろうと考える旨の証言を考慮すれば本件物品検査調書は被告人藤原の通常の業務としてその範囲内で作成されたものと認めるのが相当である。

次に被告人藤原英三の昭和二十七年一月十九日附、高橋政雄の昭和二十六年五月二十三日附、斉藤賢治の各検事調書、証人石井英夫、同徳永康男の各証言、被告人藤原英三の供述調書を綜合すれば、被告人藤原は昭和二十三年十二月二十八日前記自室に高橋政雄の来訪をうけたが、同人を案内して来た部下の斉藤賢治から、特別調達庁促進局石井技官より本件物品納入検査調書のLD番号三五を五七追加に、検査日、発行日の十二月一日を九月三十日に夫々急いで訂正するよう指示があつた旨報告を受け、高橋政雄も同様のことを述べてLD番号、日附等既に訂正加筆された右検査調書を差出したこと、当時同庁促進局担当係官からの指示は同会社の同庁駐在員に口頭で伝えられることが多かつたこと、従つて被告人藤原は石井技官からの指示と解し前記訂正された文字の上に山口総男の印を押したことを認めることができるから、前示検査調書作成の実情を併せ考えれば、被告人藤原が右の訂正印を押捺したことにより九月三十日足利工業株式会社において検査した旨の真実に反する記載がなされたとしても、同被告人においてその点につき虚偽の記載をなす意図のないこと、右記載も亦同被告人の通常の業務としてその範囲内でなされたと認むべきことは前段に説明したところと同様である。従つて被告人藤原に対する本件公文書偽造の公訴事実は結局これを認めるに足る証拠なく、従つて亦右偽造公文書行使の公訴事実も証明不十分と謂うべきであり、更に本件検査調書の行使を手段とする被告人田中平吉、同高橋正吉の詐欺の認められないこと前示のとおりであるから被告人藤原の右詐欺幇助の公訴事実もこれを認めえないことは明らかである。

叙上の理由により被告人田中平吉、同藤原英三に対する本件公訴事実はいずれも犯罪の証明が十分でないから刑事訴訟法第三百三十六条に従い夫々無罪の言渡をすることとする。

(弁護人の公訴棄却申立に対する判断)

弁護人向江璋悦、同塚本重頼、同鹿士源太郎、同大串兎代夫は公訴棄却の判決を求めその理由として陳述した要旨は

第一  本件は昭和二十三年十二月に発生し翌年一月に特別調達庁の内部から問題化し、会計検査院の報告により昭和二十五年十二月末参議院決算委員会の審査に付され屡々証人の喚問が行われて昭和二十七年五月三十日にその終結を見たが、その間昭和二十六年三月頃から検察庁の捜査が開始され、同年四月参議院決算委員長からの捜査要請もあつて被告人高橋同田中につき同年七月十六日、被告人藤原につき翌二十七年一月二十三日公訴が提起されたものであるところ、検察庁が二年余に亘る他の国家機関による事件審査の間これを放置し、公訴提起を遅らせたのは憲法第三十七条の迅速な裁判の要請に違反する。

第二  東京地方検察庁検事正は公訴提起後の昭和二十七年一月二十三日参議院決算委員長に宛て本件に関する報告書を提出し、又同検事正及び係検事は同年二月及び三月三回に亘り右委員会において証言し、これらは委員会会議録並に議事録によつて公表され裁判官が自由に見聞しうる状況におかれたのであるが、右は公訴機関が裁判官に対し事件につき予断を生ぜしめる虞のある行為をしたものであつて、憲法第三十七条の公平な裁判の要請に違反する。

よつて本件公訴は公訴棄却の判決を免れないものであると謂うのである。よつて審按すると本件公訴提起までの間に所論のような経過のあつたことは明らかであるが、憲法第三十七条に所謂迅速な裁判とは公訴提起後の被告人に対し事件内容の複雑性、当該裁判所の事件負担量等諸般の事情を考慮し相当と認められる期間内に審判すべきことを保障したものであつて、当該被告人の公訴提起前の権利に関するものではなく、又元来犯人が捜査機関に対し事件後速かに捜査を開始するよう要求する権利があるとは考えられないから、検察庁が本件事件の捜査に着手することが遅れたことを以て迅速な裁判を保障する憲法の要請に反するものということはできない。

次に参議院決算委員会と法務委員会との間における議院内部の権限問題は別としても、同決算委員会が本件公訴提起後においてもなお引続きその調査を継続し、弁護人主張のような経過を辿るに至つたことは事実であつて、かような事例は議院の国政調査制度の歴史の浅いわが国において、議院の国政調査権の範囲限界、とくにそれと捜査権裁判権との関係についての問題点を提示するものとして注目に値するところであり、本件のように議院側の捜査要請もあつて検察官から公訴提起のあつた事案に対し無罪の判決をすべき事例をみるときは益々その感を深くするものである。

しかしながら本件について弁護人の所論のような捜査機関の見解を表明した報告書ないし証言が委員会議事録等に公表されたからといつて、直ちに裁判官に予断を抱かせる性質のものとすることのできないことは、日常の新聞紙上に報道される犯罪記事や捜査当局の発表の場合と同様であつて、これをもつて裁判の公平を害するとする所論の当らないことは明らかである。従つて前記弁護人の公訴棄却の申立はいずれも理由のないものとして採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 目黒太郎 裁判官 千葉和郎)

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